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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)12939号 判決 1990年7月30日

主文

一  被告社団法人全国社会保険協会連合会及び被告北井啓勝は各自、原告荻原宣明に対し金一六八六万六九一八円、原告荻原聡及び原告荻原裕に対しそれぞれ金一三五六万六九一八円、原告坂本潔及び原告坂本けさいに対しそれぞれ金二二〇万円並びに右各金員に対する昭和五四年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告社団法人全国社会保険協会連合会及び被告北井啓勝に対するその余の請求並びに被告塚原信五に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告社団法人全国社会保険協会連合会及び被告北井啓勝の間においては、原告らに生じた費用の三分の二を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告塚原信五との間においては全部原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告荻原宣明に対し金二四三二万円、原告荻原聡及び同荻原裕に対しそれぞれ金一八八二万円、原告坂本潔及び同坂本けさいに対しそれぞれ金五五〇万円並びに右各金員に対する昭和五四年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告荻原宣明(以下「原告宣明」という。)は故荻原壽子(以下「壽子」という。)の夫、原告荻原聡(以下「原告聡」という。)は長男、原告荻原裕(以下「原告裕」という。)は二男、原告坂本潔及び同坂本けさいは父母である。

被告社団法人全国社会保険協会連合会(以下「被告法人」という。)は社会保険事業の円滑な運営を図ること等を目的とし、病院、診療所の経営その他の事業を行う社団法人であり、社会保険埼玉中央病院(以下「本件病院」という。)は被告法人が経営する病院である。

被告塚原信五(以下「被告塚原」という。)は本件当時本件病院の常勤医師であった者であり、被告北井啓勝(以下「被告北井」という。)は本件病院の非常勤嘱託医師であった者である。

2  事件の概要

壽子は、原告裕を懐妊し、出産に備えて昭和五四年四月五日以降本件病院に通院して被告塚原の定期検診を受けていたが、分娩予定日の三日前である一一月二五日に陣痛が発来したので、分娩のため本件病院に入院し、被告北井の介助により同日午後九時九分、原告裕を出産した。しかし壽子は分娩後も出血が続き、翌二六日午前〇時四四分ころまでに本件病院で死亡した。

3  壽子の死因

壽子の死因は後産期の大量出血による失血死であり、右出血は弛緩出血又は深部の子宮頸管ないし子宮体部内壁の裂傷に起因するものであった。

4  被告北井の責任(過失)

産科大出血の際の処置としては、出血原因の発見と除去を図ることと並行して、出血により減少した体内の循環血液量を補うための保存的処置が実施されなければならず、その内容としては<1>酸素の投与、<2>輸液、<3>輸血がある。しかるに、被告北井が壽子に行った治療は以下のとおりいずれも不適切ないし不十分なものであった。

(一) 気道確保と酸素吸入処置の懈怠

保存的処置の第一として、気道確保及び酸素吸入は早期に行われるべき処置であり、酸素投与量は毎分六リットル程度必要で、投与方法も経口的挿管法が選択されるべきである。しかるに本件においては、被告北井が気道を確保し酸素投与を開始したのは、本来処置すべき時期から一時間も経過した後の午後一〇時二五分ころ、あるいは午後一〇時三〇分ころであり、その方法は鼻腔カテーテルによる投与で、かつ投与分量は毎分四リットルにすぎなかった。

(二) 輸液の遅れと不適切

本件では午後九時二五分ころ、血管確保がされるとともに、マルトース五〇〇ミリリットルの点滴が開始されたとされている。しかし、

(1) 輸液開始時期の遅れ

第一に、右(一)の酸素投与の時期等からみて、本件の輸液開始時期は午後一〇時三〇分ころだったと考えられ、遅きに失した。

(2) 投与すべき輸液の選択の誤り

仮に輸液開始時期が被告ら主張のとおり午後九時二五分ころであったとしても、出血に対して投与すべき輸液は全血と細胞外液に近い組成をもったものでなければならず、乳酸加リンゲル液が第一の選択であって、マルトース一〇は通常用いられないのであるから、被告北井が当初に行った輸液は不適切なものであった。また、同被告が右乳酸加リンゲル液の投与を開始したのは出血が一〇〇〇ミリリットル近くに達した午後一〇時一五分ころであったから、遅きに失した。

(3) 輸液の投与量の不足

更に、輸液投与は推定出血量を超える十分な量が実施されなければならないのに、後記(三)の輸血開始時期である午後一〇時五〇分ころまでに本件において投与された輸液量は少なすぎるものであった。

(三) 輸血処置の遅れと不適切

出血に対する輸血開始時期は、出血量が一〇〇〇ミリリットルを超えたころとされているが、産科大出血にあっては正確な出血量を把握することが困難であり、かつ急激な出血があること、出血が続くかどうかを的確に判定し難いこと等から、右の出血量一〇〇〇ミリリットルより少ない出血量でも開始されるべきである。しかるに本件においては輸血開始時期は午後一〇時五〇分ころであって、遅きに失したものであった。すなわち、

(1) 本件における壽子の出血は、分娩後約三〇分で産科大出血の分量である五〇〇ミリリットルを超えているのであり、このような出血速度及び出血量と、輸血の取り寄せと準備にかかる時間等を考慮するならば、被告北井は午後九時三〇分ないし四〇分ころまでには最初の輸血用血液を申込み、その後の経過を見つつ、必要に応じてさらに追加申込をするという対処をする必要があった。

本件において被告北井が輸血用血液の申込をしたのは午後一〇時一五分ないし二〇分ころであったと考えられるが、右時刻であればもとより、被告ら主張のとおり午後九時五〇分ころであったとしても、申込が遅きに失したというべきである。

(2) 仮に本件における輸血用血液の申込時期及びその到着時期が被告ら主張のとおりであったとすると、午後一〇時二五分の時点では既に輸血用血液は届いていたのであるところ、被告北井は右時点で壽子の出血量を測定して一七四五ミリリットルであることを知り、それまでに投与された輸液の量が明らかに少ないこと、壽子の症状も意識やや混濁、朦朧状態となっていたことを知り又は知ることができたのであるから、壽子の生命に危険が迫っていることに気付き、直ちに輸血を行うべきであった。

しかるに本件病院ないし被告北井は、緊急時には省略すべき副試験を実施したり、血液が届いてから初めて交差試験用の試験管を用意し始めたり、生理食塩水法のほかに一五分もかけてブロメリン法を実施したりして、少なくとも三〇分もの時間をかけてルーチンな血液交差適合試験を実施したため、壽子を回復不可能なショックに陥れ、失血死に至らしめたものである。

(四) 止血措置の遅れと不適切

また、産科大出血の場合、出血部位を正確に把握してその部位に適切な止血処置をとらなければならず、双手圧迫法、子宮内強タンポン法、大動脈圧迫法等の止血法があるほか、最終的根治的処置として子宮摘除術があるが、被告北井はこれらの方法を行っていない。

5  被告塚原の責任(過失)

被告塚原は、壽子の主治医として昭和五四年四月から一一月まで同人の妊娠の経過を観察し、治療に当たり、その結果を記録してきたのであり、壽子が分娩予定日の三日前に入院することは通常あり得ることであるから、壽子が出産のため入院したときは直ちに連絡させて自ら出産介助と治療に当たるか、あるいは予め診療録を被告北井に引き継ぎ適切な注意を与えて入院者につき知悉させ、もって適切な治療を行わせるべき注意義務がある。

しかるに被告塚原は、右義務を果たさず緊急入院妊産婦を被告北井に委ね、被告北井をして適切な処置を採らしめなかった過失がある。

6  被告法人の責任

(一) 診療契約の締結

壽子は、前記2の初診時である昭和五四年四月五日、被告法人との間で、分娩及びそれに伴う必要かつ適切な治療を行うことを内容とする診察契約を締結した。

(二) 履行補助者の過失

しかるに、前記のとおり、被告法人の履行補助者である被告北井及び同塚原は過失によって壽子を死亡させたものであるから、被告法人は右診療契約上の債務不履行責任を負う。

(三) 使用者責任

被告法人は、被告北井及び同塚原の前記の各不法行為について、その使用者として不法行為責任を負う。

7  損害額

(一) 壽子に生じた損害

(1) 逸失利益 一六三三万円

死亡時三五歳の女性の昭和五五年度の賃金センサス全平均による給与総額より五分を損益相殺し、就労可能年数を三二年として現価を計算したもの。

(2) 慰謝料 二〇〇〇万円

(3) 原告宣明、聡及び裕は、壽子の死亡により、右損害賠償請求権を各三分の一ずつ相続した。

(二) 原告らの固有の慰謝料

本件事故による壽子の死亡により、原告らは甚大な精神的苦痛を負った。右苦痛を慰謝するためには、それぞれ次の金額が相当である。

(1) 原告宣明 一〇〇〇万円

(2) その余の原告 各五〇〇万円

(三) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、右各損害金の合計額の約一割に当たる金額(原告宣明につき二二一万円、原告聡及び同裕につき一七一万円、原告坂本潔及び同坂本けさいにつき五〇万円)を弁護士費用として支払う旨約した。

8  よって、原告らは、被告北井及び同塚原に対しては不法行為による損害賠償請求権、被告法人に対しては債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告宣明につき二四三二万円、原告聡及び同裕につきそれぞれ一八八二万円、原告坂本潔及び同坂本けさいにつきそれぞれ五五〇万円並びに右各金員に対する壽子死亡の日の翌日である昭和五四年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3は否認する。壽子は、後記三2のとおり、羊水栓塞症に続発した急性激症DICのためのショックから、呼吸不全、心不全により死亡したものと考えられる。

3  同4のうち、被告北井が酸素投与を開始したのが午後一〇時二五分ころであり、その方法は鼻腔カテーテルによる投与で、投与分量は毎分四リットルであったこと、被告北井が乳酸リンゲル液を投与したのは出血が一〇〇〇ミリリットル近くに達した午後一〇時一五分ころであったこと、輸血開始時期が午後一〇時五〇分ころであったことは認め、その余は否認ないし争う。

4  同5は否認ないし争う。

5  同6のうち、(一)は認め、その余は争う。

6  同7は否認ないし争う。

三  被告らの主張

1  本件の診療経過

(一) 出産当日までの経過

壽子は本件当時三五歳で、八年ぶりの出産であった。昭和五四年一〇月六日(妊娠三二週)、切迫早産徴候のために本件病院に入院し、安静の結果一一月九日(妊娠三七週)に退院した。

一一月一九日、本件病院外来を受診し、貧血及び凝固異常の有無の検査を受け、結果は正常であったが、当日念のため増血剤の投与を受けている。外子宮口は二指開大で頸管成熟度は六点であった。

(二) 出産当日の経過

(1) 出産当日である一一月二五日、壽子は午後七時より陣痛が発来したため本件病院を受診し、午後八時四五分、被告北井が入院時の診察を行った結果、頸管の開大は八センチメートルで軟化は十分であり、同被告は導尿にて一八五ミリリットルの尿量を確認し、分娩の準備を行った。

(2) その後被告北井の行った診療は以下のとおりである。

午後八時五九分、前羊水を漏出させる目的で人口破膜を、九時五分ころ、胎児娩出の際の会陰の自然破裂を防ぐ目的で左側会陰部の会陰切開をそれぞれ行った後、クリステルの胎児圧出法を施行して、九時九分、男児三三六五グラムが出生した(アプガールスコア九点)。

同九時一〇分ころ、子宮収縮作用を有するメテナリン一アンプルを静脈注射。

同九時一三分、胎盤娩出。胎盤の母体面に欠損部がないこと、母体に胎盤の遺残、子宮の破裂のないことを確認。子宮収縮は良好であった。

同九時一五分、子宮の弛緩による出血の増加を軽減する目的で、子宮体直上の腹壁に冷凍バッグを置く。会陰切開部を縫合。

同九時二五分、右縫合後、膣から暗赤色の出血が少量ながら線状に持続しているのが認められた。血管確保の目的でマルトース一〇、五〇〇ミリリットルの点滴注射を森田看護婦に指示するとともに、子宮内の出血部の有無を再度点検し、内診指で子宮内裂傷部等のないことを再確認した。子宮収縮は臍下二横指で良好であった。クスコー膣鏡を用いて子宮膣部を露出し、一〇時の部分に約五ミリメートルの頸管裂傷と少量の出血を認めたが、粘膜かん子で頸管を引き腸線一針のみで止血は終了した。

同九時三〇分、森田看護婦がカルテの記録に必要な問診を開始。

同九時四〇分、前記頸管縫合後も持続性の出血が続いていたので、子宮体の収縮の良好と子宮損傷のないことの三回目の確認を行い、子宮収縮は良好であったが、左側の膣壁で膣口と子宮頸部との中央より少し上方に約一センチメートルの裂傷と静脈性出血を新たに認めた。この時点までの出血量は羊水を合わせて約五〇〇ミリリットルであった。

同九時五〇分患者は足がだるい、下腹が痛いと訴える。血圧は最大一〇〇(mmHg/平方センチメートル。以下、単位は略す。)、最小六八で、出血はまた少量ながら出現し始めたので、輸血の用意を決定し、A型Rh+保存血二〇〇〇ミリリットルを申し込む。マルトース輸液中に子宮収縮剤であるプロスタルモンF一〇〇〇を一アンプル混注、子宮頸管の筋組織にも同薬剤を筋注。膣内につなぎガーゼ五枚を挿入して圧迫止血を図る。

同一〇時〇分、出血量は全体で九五〇ミリリットル。出血を補う目的でハルトマン液の点滴を開始、プロスタルモンF一〇〇〇を一アンプル管注。子宮体部の収縮は分娩直後ほどではなかったが、弛緩状態ではなかった。顔色はやや蒼白となっていた。

同一〇時一五分、止血目的でアドナ一〇〇ミリグラム、トランサミンS一〇ミリリットル二アンプルをマルトースに混注、メテナリン一アンプルを管注。血圧が最大七八、最小四四と低下したが、脈拍は六八と上昇しなかった。

同一〇時二五分、下肢のだるさの強い訴えあり。出血量は総量一七四五ミリリットルとなる。子宮内への貯留血液による子宮弛緩を防ぎ止血を図る目的でプロスタルモンF一〇〇〇を一アンプル、メテナリンを一アンプル筋注する。毎分四リットルの酸素投与を開始、ソルコーテフ五〇〇ミリグラムを管注、輸血の準備が完了するまで血漿代用剤であるヘマセルを点滴に持続して投与。

午後一〇時三〇分、血圧は最大七八、最小二四と少し回復するが、膣出血は持続する。子宮底は臍上一ないし二横指と挙上したが、子宮内への血液貯留によるものと判断した。循環動態の良否をみる目的で留置カテーテルを置き尿量の測定をする。乏尿状態であり、循環血量を確保するためにヘマセルを急速に点滴。

同一〇時四五分、体動が著明となり、意識消失が疑われた。鎮痛の目的でペンタジン一五ミリグラムを筋注、またメテナリン一アンプルを筋注。

家族への連絡を指示し、交差適合試験を終了した血液を取りに行く。

同一〇時五〇分、輸血用血液が到着したので急速に輸血を開始、翌日午前〇時三〇分までに二〇〇〇ミリリットルの輸血を行った。

同一一時〇分、膣出血は持続、子宮底は臍上二横指で血圧は上昇しない。膣内ガーゼを交換し再挿入。下顎呼吸となる。出血量は二五四五ミリリットル、胸部圧迫による心臓マッサージを持続。

(3) 同一一時五分ころ、被告塚原が病院に到着したが、その後の診療は以下のとおりである。

被告塚原は、重症ショック状態、時間的経過が非常に短いこと、出血傾向等から血液凝固異常と推定し、生理的食塩水二〇ミリリットルとヘパリン五〇〇〇単位を静注した。

このころ、壽子は顔を叩いても応答がなく、対光反射もほとんどみられなかった。

同一一時一五分、気管内挿管を行い、アンビュー蘇生器による人工呼吸を開始した。乏尿のためラシックス一アンプルを静注、脈拍が微弱なためソルコーテフ五〇〇ミリグラムとカルニゲン一アンプルを管注。子宮底は臍上三横指で膣からはなお出血が認められた。その後も心拍数は低下のため脈拍は測定不能となった。

同一一時二五分、脈拍は触知できず。間歇的心マッサージを開始する。

同一一時四六分、心電図を開始、ノルアドレナリン一アンプルを管注。

同一一時五〇分、ボスミン一アンプルを心臓に局注したが反応はみられず。このころ濃縮尿三〇ミリリットルが認められた。アンビュー蘇生器に代えて麻酔器を用いて人工呼吸を行った。

二六日午前〇時一〇分、麻酔器による人工呼吸も効果はなく、麻酔器に人工呼吸器をセットして呼吸管理を行う。ノルアドレナリン一アンプルを再度管注。

同〇時三〇分、膣内に新しいガーゼを再挿入。心電図曲線は平坦となり、回復不可能と判断されたので、周囲を整理した後家族を呼び状況を説明する。

同〇時四四分に永眠を告げる。

2  壽子の死因

壽子の死因は羊水栓塞症に続発した急性激症DICのためのショックから、呼吸不全、心不全により死亡したものと考えられる。このような病態のもとではいかなる方法を講じても患者を救命することは極めて困難であって、本件において壽子に対し採られた措置に通常の場合と異なるところがないことを考え併せると、壽子の死亡について被告に注意義務違反はないというべきである。すなわち、

(一) 弛緩出血ではない根拠

本件では児娩出後に子宮収縮促進のためメテナリン一筒が静注されており、子宮収縮は良好であることが午後九時一三分、二五分、四〇分と確認されている。これは弛緩出血ではあり得ない所見である。

(二) DICないし羊水栓塞症発生の根拠

(1) 本件においては、分娩時間は陣痛開始から二時間九分で、娩出時に児心音が悪化し、陣痛間欠時にも回復しなかったので、クリステル児圧出法を施行、そのために分娩持続時間は特に短縮された。その操作も加わったため、会陰切開を行ったにもかかわらず軟産道に裂傷が生じ、縫合した。当初から子宮収縮は良好であったが、輸液、輸血、その他の薬剤は全く奏効せず、止血しないのみかかえって増悪し、分娩終了後から強度の腎不全が出現し、まもなく血圧、脈拍ともに悪化し、分娩後からわずか三時間四〇分で死の転帰をとった。かかる臨床経過は、羊水栓塞症を原因とする急性激症DICが発症したことを推定させるものである。すなわち、右出血は出血傾向の出現によるものと考えられるし、乏尿はDICによる微小血栓形成による腎の機能障害によるものと考えられる。

(2) 本件当時の壽子の循環血液量は約四九〇〇ミリリットルであったと考えられるが、通常この種の患者の場合、本件程度の出血量で輸血を開始すれば、急激に不幸な状態に進行することはないのであるが、本件ではその後急激な悪化をみたのも羊水栓塞症を窺わせる有力な根拠である。

(3) なお、本件においては分娩四一分後に悪寒、その後血圧が高く、意識はやや混濁、九六分後に体動顕著、その後意識不明が認められるが、これは典型的ではないとしても、羊水栓塞症の一症状である肺塞栓症の臨床症状と考えて不当ではない。

3  被告らの責任原因の主張に対する反論

(一) 酸素投与量について

原告らは酸素投与量を当初から毎分六リットルとするべきであったと主張するが、当初は毎分四リットルで経過を見ていくのが妥当であり、無意識下でなければ、すなわち麻酔下でなければ経口的挿管法による酸素投与は行い得ず、出血性ショックの状態で全身麻酔を行うことは極めて危険であるから、原告らの主張は失当である。

(二) 輸血の遅れ・不適切に対して

(1) 交差適合試験について

輸血にあたっては当然交差適合試験が必要である。そして、検査技師が検体を受け取ってから、<1>血清分離に五分、<2>ABO、Rh型、表、裏試験に二分、<3>輸血注文数と自己対照の数の交差試験用の試験管を用意するのに三分、<4>生食水法に一五秒、<5>ブロメリンを入れて加温するのに一五分、<6>遠心判定に一分、<7>患者氏名、病棟名、施行者名、交差試験の適否、血液番号を記入した用紙を一パック毎に作成して同封する、という一連の操作が必要なため、最低三〇分は要するのである。

(2) 輸血開始時期について

本件病院には当時、輸血用血液が常備されておらず、他院から取り寄せざるを得なかったので、輸血用血液の申込みから到着まで二〇分を要した。

一般に成人では一〇〇〇ないし一五〇〇ミリリットルの失血の補充は輸液のみをもって十分であり、妊産婦では循環血液総量が二〇ないし三〇パーセント増加しているから、分娩まで健康であり合併症がない場合は一五〇〇ミリリットルの出血にも輸血せずに堪え得ることがしばしば経験されているのであり、本件の輸血開始時期も遅きに失したわけではない。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実のほか、<証拠>を総合すると、本件における診療経過について、以下の事実が認められる。

1  出産当日までの経過

壽子は昭和五四年、前回出産から八年ぶりに懐妊し、四月五日以降本件病院に通院して被告塚原の定期検診を受けていた。同年一〇月六日(妊娠三二週)、切迫早産徴候のため本件病院に入院し、安静の結果一一月九日(妊娠三七週)に退院、一一月一九日、外来で受診して貧血及び凝固異常の有無の検査を受けたが、結果に特別な異常は認められなかった(ただし、当日念のため増血剤の投与を受けている。)。このとき、尿蛋白マイナス、尿糖二プラス、浮腫プラス、外子宮口は二指開大で頸管成熟度は六点と診断されている。

2  出産当日から死亡までの経過

(一)  一一月二五日、午後七時ころから陣痛が発来したため、壽子は午後八時四五分ころ本件病院に入院した。まず、本件病院に勤務する助産婦島田初江が壽子を診て分娩が近いと判断し、当直医師の被告北井に連絡し、同被告の診察の結果、陣痛は二、三分間隔で三〇ないし三五秒持続、子宮口の大きさは八センチメートル、児心音は正常で発熱もないと診断された。そこで、被告北井は導尿を行って一八五ミリリットルの尿量を確認し、分娩の準備を行った。

(二)  その後、被告北井が自ら又は島田助産婦、森田看護婦、蜂須賀看護婦らに指示して行った診療及び壽子の臨床経過は、以下のとおりであった。

午後八時五九分、陣痛が一、二分間隔、子宮口の大きさが九センチメートルとなったため、前羊水を漏出させる目的で人口破膜を行ったが羊水の混濁はみられなかった。

同九時五分ころ、児心音が低下し陣痛が微弱となったため、胎児切迫仮死を疑い、分娩を早く進行させる目的で左側会陰部に会陰切開を行った上、クリステルの胎児圧出法を施行して、同九時九分、男児三三六五グラムを娩出させた。児はアブガールスコア九点で仮死は認められなかった。娩出後、子宮収縮作用を有するメテナリン一アンプルを静注した。

同九時一三分に胎盤が娩出されたが、特に異常は認められなかった。子宮底は臍下二横指であったので、子宮収縮良好と判断した。また、用手的に子宮破裂、遺残胎盤、頸管裂傷の有無を調べたが、いずれもみとめられなかった。子宮収縮を促進する目的で子宮体直上の腹壁に冷凍バッグを置き、会陰切開部を縫合した。

同九時二五分ころ、膣からの出血がやや多いと判断し、血管確保の目的で右手から輸液マルトースを五〇〇ミリリットル点滴注射した。再度子宮体部破裂の有無を用手的に調べたが認められず、子宮底は臍下二横指であったが、クスコー膣鏡を用いて子宮頸管を観察したところ、一〇時の部分に約五ミリメートルの頸管裂傷と少量の出血が認められたので、粘膜鉗子で頸管を引き腸線一針で結紮縫合した。

同九時三〇分ころには看護婦が病歴聴取を開始したが、壽子の返答は明瞭であった。

しかし、九時四〇分ころに至っても持続性の出血が続き、被告北井は用手的に子宮収縮を確かめて良好であると判断したが、桜井膣鏡で再検したところ、膣壁左側の三時の方向に約一センチメートルの裂傷を認めたので、右部分及び前記頸管の裂傷部分をいずれも腸線一針で結紮縫合した。なお、この時点までの出血量は約五〇〇ミリリットルであった。

同九時五〇分ころまで出血は依然として持続し、このころには壽子は、寒い、足がだるい、下腹が痛いなどと訴えるようになった。血圧は最大一〇〇、最小六八であった。

このころ被告北井は輸血の用意を決定し、A型Rh+の保存血二〇〇〇ミリリットルを申し込んだ。そして、前記のマルトース輸液中に子宮収縮剤であるプロスタルモンF一〇〇〇を一アンプル混注し、子宮頸部にも同薬剤を局注した。また、膣内につなぎガーゼ五枚を挿入して圧迫止血を図った。

同一〇時ころまでに出血量は全体で九五〇ミリリットルに達した。子宮底は臍高で、この時点ではあまり良好ではなかった。左手からハルトマン液(乳酸加リンゲル液)五〇〇ミリリットルの点滴を開始し、さらにプロスタルモンF一〇〇〇を一アンプル管注した。

同一〇時五分ころ、壽子の血圧は最大七八、最小四四、脈拍は六八となり、顔色はやや蒼白となった。前記のマルトース輸液中に止血効果を有するアドナ一〇〇ミリグラム二〇ミリリットル、トランサミンS一〇ミリリットル二アンプルを混注、メテナリン一アンプルを管注した。

同一〇時一五分ころ、血圧は最大六八、最小二〇で、意識はやや混濁の状態となり、交差適合試験用の血液を採血した。

同一〇時二〇分ころ、右手のマルトース点滴終了後、一九Gエラスター針でハルトマン液五〇〇ミリリットルの点滴を開始した。

同一〇時二五分ころ、壽子は下肢のだるさを強く訴え、出血量は総量一七四五ミリリットルとなった。プロスタルモンF一〇〇〇を一アンプル、メテナリンを一アンプル筋注、鼻腔カテーテルで毎分四リットルの酸素投与を開始、副腎皮質ホルモンであるソルコーテフ五〇〇ミリグラムを管注し、輸血の準備が完了するまで血漿代用剤であるヘマセル五〇〇ミリリットルを点滴に持続して投与した。この時点までの輸液の総量は一五〇〇ミリリットルであった。

午後一〇時三〇分、血圧は最大七八、最小二八と少し回復するが、膣出血は依然として持続していた。子宮底は臍上一ないし二横指と挙上したが、被告北井はこれを子宮内への血液貯留によるものと判断した。循環動態の良否をみる目的で留置カテーテルを置き尿量の測定をしたが、尿は接続管のところまでしか来ず、乏尿状態であった。循環血量を確保するためにヘマセルを急速に点滴した。

同一〇時四五分ころ、壽子の体動が著明となり、意識消失が疑われた。鎮痛の目的でペンタジン一五ミリグラムを筋注、またメテナリン一アンプルを筋注した。そして家族への連絡が指示された。

同一〇時五〇分ころ、輸血を開始し、被告塚原に、出血量が多いので至急来てもらいたいとの連絡がされた。

同一一時ころ、膣出血は持続し、子宮底は臍上二横指で、血圧は最大六八、最小二〇となり、膣内ガーゼを交換した。このころ下顎呼吸となり、出血量は総計二五四五ミリリットルとなった。胸部圧迫による心臓マッサージを持続したが、気道確保のためのエアウェイは挿入することができなかった。

(三)  同一一時五分ないし一〇分ころ、被告塚原が病院に到着して壽子を診察したが、顔面蒼白で、顔を叩きながら呼名しても応答がなく、心音微弱、脈拍は触知できず、瞳孔は散大して対光反射もほとんどみられない状態であった。腹部の膨満はなく、子宮底は臍上三横指で膣からはなお出血が認められた。

被告塚原は、壽子が重症ショック状態に陥っていると判断し、気管内挿管を行った上、アンビュー蘇生器による人工呼吸を開始した。また、分娩から重篤な状態に至るまでの時間的経過が短いこと、出血が続いて止まらないこと等から血液凝固異常の状態が生じているのではないかと考え、ヘパリン五〇〇〇単位の投与を指示した。これは右薬剤が血液凝固の抑制に効果があると考えたためであった。更に、乏尿のためラシックス一アンプル、脈拍が微弱なためソルコーテフ五〇〇ミリグラムとカルニゲン一アンプルの投与を指示し、それぞれ施行された。

同一一時二五分ころには被告北井が間歇的心マッサージを開始したが、やはり脈拍は触知することができなかった。

同一一時四六分ころ、心電図を開始、ノルアドレナリン一アンプルを管注した。

同一一時五〇分ころ、被告塚原がポスミン一アンプルを心臓に局注したが反応はみられなかった。また、このころ濃縮尿三〇ミリリットルが認められた。

二六日午前〇時一〇分ころ、麻酔器に人工呼吸器をセットして呼吸管理を行い、ノルアドレナリン一アンプルを再度管注したが、全身状態の回復は見られなかった。

同〇時三〇分ころ、壽子の心電図曲線が平坦となって、被告塚原は回復は不可能であると判断し、周囲を整理した後、連絡により既に病院に駆けつけて待機していた原告宣明及び同坂本けさいを呼んで状況を説明し、同〇時四四分、壽子の永眠を告げた。

以上のとおり認められる。

なお原告らは、本件における輸液の開始時期は午後一〇時三〇分ころであった、また、輸血用血液の申込時期は午後一〇時一五分ないし二〇分ころであった、と主張するけれども、右主張に沿う証拠はないから、いずれも採用することができない。そして、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  壽子の死亡原因について

右認定のとおり、壽子は昭和五四年一一月二六日午前〇時四四分ころまでに本件病院において死亡したのであるが、その死因について争いがあり、原告らは弛緩出血又は深部の子宮頸管ないし子宮体部内壁の裂傷に起因する失血死(出血性ショック死)であると主張するのに対し、被告らは羊水栓塞症に続発した急性DICによる(ショックによる)ものであると主張する。

1  出血性ショックについて

(一)  分娩時出血とその臨床症状

(1) <証拠>によると、一般に分娩時の出血量が五〇一ミリリットル以上のものが分娩時異常出血と定義されていること、出血の際のショックの程度及び臨床症状は、概ね、出血量が循環血液量の一〇ないし一五パーセントまではショックは見られず臨床症状もあまり変化がないこと、一五ないし二五パーセントでは軽症ショックで、軽度の頻脈・血圧下降、手足が冷たい等末梢血管収縮の徴候が見られること、二五ないし三五パーセントでは中等度ショックで、頻脈、脈圧の減少、収縮期血圧九〇ないし一〇〇以下、不安、発汗、蒼白、乏尿が見られること、三五ないし四五パーセントまでは重症ショックで、脈は頻脈で触れにくく、収縮期血圧六〇以下あるいはしばしば聴取不能、意識混濁、極度の蒼白、チアノーゼ、冷四肢、無尿が見られること、四五パーセントを超えると不可逆性の危篤ショックの状態となると考えられていること、そして出血のスピードが速い場合には危険がより大きいことが認められる。

(2) 本件については、午後九時九分の分娩直後から出血が始まり、午後九時四〇分ころまでに約五〇〇ミリリットル、午後一〇時ころまでに総計約九五〇ミリリットル、午後一〇時二五分ころまでに総計一七四五ミリリットル、午後一一時ころまでに総計二五四五ミリリットルという大量の出血が見られたことは前記二認定のとおりである。

そして<証拠>によると、壽子の非妊娠時の体重は四四キログラムであったこと、一般に人体の循環血液量は体重の約一二分の一であるが、妊婦の場合は妊娠末期において約二五ないし三五パーセント程度増加することが認められる。そうすると、壽子の本件当時(出産前)の循環血液量は約四六〇〇ないし四九〇〇ミリリットル程度であったと推認することができ、前記(1)認定の一般的知見に照らすと壽子については概ね一一五〇ミリリットルないし一七〇〇ミリリットル程度の出血量で中等度の出血性ショックを、これを超えると重症ショックを、更に二一〇〇ないし二二〇〇ミリリットルを超えると危篤ショックを惹起し得ると推認することができる。他方、前記(1)に認定した出血性ショックの臨床症状を前期二に認定した壽子の臨床症状の推移と比較対照すると、本件における出血量と臨床症状の推移の相関は右認定のショックの際の一般的症状と概ね一致しているということができる。

(二)  出血の原因について

<証拠>によると、分娩時出血を来たす疾患として一般に、<1>前置胎盤、<2>常位胎盤早期剥離、<3>弛緩出血、<4>子宮破裂、<5>子宮内反症、<6>停滞胎盤、<7>頸管あるいは膣の裂傷、<8>膣・外陰血腫、<9>静脈瘤の破裂、<10>DIC等の血液疾患合併分娩が挙げられていることが認められる。

(1) そこで、弛緩出血が出血の原因であるとの原告らの主張について検討するに、<証拠>によると、弛緩出血とは、分娩第三期又はその直後に、子宮筋の収縮不全、すなわち子宮弛緩症のために起きたと思われる五〇〇ミリリットル以上の出血をいうこと、出血は胎児娩出、胎盤娩出の一定時間後に発作性に流出する外出血で、ときに続発性の場合もあること、血液の性状は静脈血成分を多く含むため暗赤色で、子宮収縮は悪く、極めて柔軟で子宮底の確認が困難な場合が多いこと、全身症状として出血によるショックが出現することが認められる。

しかるに本件においては、前記二認定のとおり、午後九時一三分の時点で子宮底は臍下二横指で子宮収縮は良好であること、同九時二五分ころの時点で子宮底は臍下二横指であること、九時四〇分ころの時点で子宮収縮は良好であることが、それぞれ被告北井によって観察されているのであり、この事実は右にみた弛緩出血の際の子宮の状態とは明らかに異なるものである。したがって、分娩直後に始まり右1(一)(2)に判示したような経緯を辿った本件の出血について、その原因を弛緩出血であると考えることはできない。

(2) 次に、本件出血が子宮頸管ないし子宮体部内壁の裂傷に起因するものであった可能性について検討する。

被告北井が、出産直後の午後九時一三分すぎ、用手的に子宮破裂、頸管裂傷等の有無を調べたが認められず、九時二五分ころ子宮頸管に約五ミリメートルの裂傷を、九時四〇分ころ膣壁に約一センチメートルの裂傷をそれぞれ発見してこれをいずれも縫合したことは、前記二認定のとおりである。

他方、<証拠>によると、急速な分娩経過の場合は子宮下部、頸管等の産道に裂傷が発生する可能性が高く、視診や触診で礁認できない上部に裂傷が存在することもあり、発見し難い微細な裂創から多量の出血を来たすこともあること、本件のように新生児が大きく、分娩の経過が速い場合には裂傷が存在する可能性は一般的により高くなることが認められる。

そうすると、本件においても、壽子の子宮頸管又は子宮内壁に、被告北井によって発見されたもののほかに更に裂傷が存し、同被告の縫合処置の後もこのような裂傷から引き続いて出血が続いたことの可能性を否定することができず、むしろその可能性はかなり高いというべきである。

(3) (二)冒頭に列挙した分娩時出血を来たすべき各種疾患のうちその余のもの(ただし、DICを除く。)については、これを認めるに足りる証拠はない。

2  DIC及び羊水栓塞症について

次に、羊水栓塞症に続発した急性DICによるショックをもって壽子の死因であるとする被告らの主張について検討する。

(一)  DICについて

<証拠>を総合すると、DIC(播種性血管内血液凝固)とは、正常な状態では凝固しない循環血液が何らかの機序によって血液凝固系が活性化されたため、血管内で広汎かつ微小な血液凝固を来たし(微小循環系における微小血栓の多発状態を来たし)たために、その結果として発生してくる病態の総称をいうこと、産科領域におけるDICの基礎疾患には、常位胎盤早期剥離、羊水栓塞症、死児稽留症候群、敗血症性流産、ある種の後産期出血等があること、DICの症状は<1>出血傾向、<2>基礎疾患固有の症状、<3>出血性ショック症状に分けられ、このうち出血傾向については、創部よりの出血が一見してさらさらした感じのする出血で、圧迫しても止血し得ず、凝血塊を形成しない場合が多く、注射部位に一致して紫斑を形成したり、点滴留置針の刺入部位からも出血し、粘膜面からの出血として、口腔や鼻腔、眼瞼結膜、口唇等からも出血すること、これらの症状のほかにも、諸臓器における微小血栓形成のために循環障害が起こり、出血や壊死のために急性腎不全等諸臓器の機能障害が起こること、DICの確定診断には、各種血液凝固線溶学的検査所見の検討が必要であるが、これらの測定値の判明までには時間がかかり、実際の臨床上間に合わないことが多いので、ベッドサイドで直ちに手軽に行える赤沈値が極めて有効な価値を有しているとされており、また症状からの臨床的診断としては、基礎疾患固有の症状の有無と口腔粘膜や鼻粘膜から出血、注射部位の紫斑形成傾向が重要であり、特に後者はほぼ必発の症状であることが認められる。

(二)  羊水栓塞症について

<証拠>によると、一般に羊水栓塞症とは、羊水が母体血中に流入して、羊水成分が血管腔内に栓塞し血流遮断ないしは乏血流にしてその血管支配臓器の機能障害をもたらすことをいい、その病態は、<1>急性ショック期、<2>DIC期(出血傾向期)、<3>臓器障害期(乏尿期)に分けて考えられること、初発症状はチアノーゼを併った呼吸困難、急性ショック症状、痙攣等であり、続発症状として出血傾向、肺浮腫、喉頭痙攣等があること、その確定診断は母体血中に羊水成分を証明することによることが認められる。

(三)  しかし、<証拠>によると、本件においては、DIC及び羊水栓塞症の確定診断のために凝固線溶系の検査や母体血中の羊水成分の証明がされたわけではなく、ベッドサイドで容易に行い得る赤沈値の検査すらも実施されていないことが認められる。

また、本件において壽子に見られた臨床症状は前記二認定のとおりであり、DICの症状からの臨床的診断として重要な因子である基礎疾患固有の症状や口腔粘膜や鼻粘膜からの出血、ほぼ必発の症状とされる注射部位の紫斑形成傾向等については、いずれの所見も認められておらず、羊水栓塞症に特徴的なチアノーゼを伴った呼吸困難、急性ショック症状、痙攣等の初発症状も認められていない。

(四)  被告らは、本件において見られた乏尿は分娩終了ころから生じた強度の腎不全によるものであるとして、右はDICないし羊水栓塞症が発症したことを推認させる根拠であるとする。

壽子が午後八時四五分を過ぎたころの導尿の後、一〇時三〇分の時点で尿の排出がなかったこと、一一時五〇分ころ濃縮尿三〇ミリリットルを排出していることは前記二認定のとおりである。

しかし、尿量の減少は出血性ショックの際に見られる一般的な症状であることは前記1(一)(1)判示のとおりである。しかも、<証拠>によると、本件のように輸液の量が出血量より少ない場合には乏尿状態を呈することは当然であり、仮にDICないし羊水栓塞症による腎不全のために乏尿が生じたような場合には、一旦出なくなった尿がその後再び排出されるようになることはないことが認められる(証拠判断略)。そうすると、本件にみられた乏尿も出血性ショックの一症状にすぎず、DICないし羊水栓塞症による腎不全によるものではないとみるのが相当であり、被告らの主張は採用することができない。

被告らは、本件で出現した悪寒、意識混濁、体動顕著、意識不明等の症状は肺栓塞症の臨床症状と考えて不当ではないとも主張する。

しかし、右の諸症状がいずれも出血性ショックの症状として一般的に見られるものであることは前記1(一)(1)に判示したとおりであり、本件での右各症状の出現時期も出血量の増大に伴う変化として一般的に説かれているところと概ね一致していることは同(2)に判示したとおりである。したがって、右各症状の出現を説明するのに本件の大出血に加えて肺栓塞症の発症をあえて推測しなければならない根拠は存しないというべきであり、右主張は採用することはできない。

(五)  被告らは、本件程度の出血で輸血を始めれば通常は急激に不幸な状態に進行することはないのに、本件ではその後急激に悪化し、分娩後わずか三時間四〇分で死の転帰をとったことは、DICないし羊水栓塞症の存在を疑わせるものであると主張する。そして、<証拠>には、これだけ激しい症状を呈するものとしては羊水栓塞症が最も考えられるとの記載部分が存し、<証拠>には、右にいう激しい症状とは、分娩後二時間程度でほとんど回復不可能な状態になったという本件の臨床像全体を表現したものであり、本件のような状態になっても輸液や輸血で回復する症例は珍しくないとする趣旨の供述部分が存する。また、被告塚原が本件当日病院に到着して壽子を診察した時点で血液凝固異常の発症を疑った理由の一つが、分娩から重篤な状態に至るまでの時間的経過が短いことであったことは、前記二認定のとおりである。

しかし、右<証拠>自体は、本件のような状態となっても回復した症例が存することを指摘するにとどまり、DICないし羊水栓塞症の存在を想定しなければ壽子が回復しなかったことを説明することができないとまでいうものではない。かえって、<証拠>によると、壽子の出血量は、輸血開始時期である午後一〇時五〇分の時点では約二二五〇ミリリットルに達し、鈴木証言が指摘する分娩二時間後の時点では二五〇〇ミリリットルを超え、被告塚原が本件病院に到着した午後一一時五分ないし一〇分ころの時点では更に増加していたことが認められるのであって、前記1(一)(2)に判示したところも考え併せると、これらの時点では壽子は出血自体による臨床変化として既に危篤ショックの状態に陥っていたと推認されるのである。したがって、輸血を開始したにもかかわらず状態が回復しなかったことについて、DICないし羊水栓塞症の存在を想定しなければ説明できないものではないことは明らかである。すなわち、本件の臨床経過を仮に急激なものとみるとしても、それは出血自体が急激であったとみる以上にDICないし羊水栓塞症といった特殊な病態の発生を想定しないと説明できないものではないというべきである。

そうすると、被告らの前記主張は、採用することができない。

(六)  被告らは、壽子の出血は出血傾向の出現によるものと考えられると主張する。

被告塚原が血液凝固異常の発生を疑った理由の一つが壽子の出血が止まらないことであったことは前記二認定のとおりであり、DIC及び羊水栓塞症の臨床症状の一つに出血傾向が存することは前記(一)、(二)に認定のとおりである。また、<証拠>によると、羊水栓塞症は羊水の流入量、流入速度、性状等の違いでその症状にはかなりの変異があり、中には前記(二)の三時期に分けられるような定型的な形では発症せず、急性ショック期の症状があまり著明でなくとも突然出血傾向が出現して来るものもあると考えられていることが認められる。

しかしながら、本件においては、出血傾向の出現の際にしばしば現れるとされている口腔粘膜や鼻粘膜等の粘膜からの出血や注射部位の紫斑形成傾向が認められなかったことは、右(三)に判示したとおりである。わずかに<証拠>に、午後一〇時二五分ころの壽子の血液が凝固性がなくさらさらしたものであったとの供述部分が存するけれども、右証言は、<証拠>の、一〇時三〇分ころまでの時点には羊水栓塞症等のDICを示唆するような所見はなかった旨の供述部分に照らしてにわかに採用することができない。また、<証拠>には、分娩時に出血があっても通常は本件程度の処置をすれば一〇〇〇ミリリットル程度で止血するものであるとの趣旨の供述部分が存するが、<証拠>によると、右の程度で止血する場合もあれば、逆に止血しない場合もあり、既に認定したような本件における出血量の増加も一般的に十分あり得るものであって、血液凝固異常の発生を仮定しないと説明ができないようなものではないことが認められる。したがって、本件において出血が止まらなかったことをもって出血傾向の出現の根拠とすることはできない。

そして、ほかに出血傾向が出現したことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告らの前記主張は採用することができない。

(七)  なお、<証拠>によると、子宮頸管等に裂傷が生じた場合にはその裂傷から羊水が母体の血中に流入して羊水栓塞症を起こすことも一般的可能性としてはあり得ることが認められるけれども、<証拠>によると、右のような機序により羊水栓塞症が発生して出血する場合と裂傷から直接出血する場合とを比較すれば後者の症例がはるかに多いこと、仮に羊水が母体血中に入ってもそれが少量にとどまる場合には必ずしも死亡の原因となるものではないことが認められるから、右のような一般的可能性の存在をもって直ちに本件において羊水栓塞症が発症しそれが壽子の死亡原因となったと推認することはできない。

(八)  右のとおりであって、ほかに本件においてDICないし羊水栓塞症が発症したことを認めるに足りる証拠はないから、本件においてDICないし羊水栓塞症が発症したとの被告らの主張は採用することができない。

3  結論

以上1及び2に判示したところによると、本件における壽子の出血は子宮頸管又は子宮体部内壁の未確認の裂傷によるものであったと推認するのが相当である。

そして、ほかに本件において死因となり得るような事情が存したことをうかがわせる証拠はないから、壽子は子宮頸管又は子宮体部内壁の未確認の裂傷による出血性ショック(失血死)のために死亡したものと推認すべきである。

四  被告らの責任

1  被告北井の責任

原告らは、被告北井には<1>気道確保と酸素吸入処置の懈怠、<2>輸液の遅れと不適切、<3>輸血の遅れと不適切、<4>止血措置の遅れと不適切、の各過失があったと主張する(請求原因4)。

(一)  <証拠>によると、分娩直後の大出血の際に採るべき処置に関する本件当時の医学的知見について、以下の事実が認められる。

分娩時大出血に対する処置としては、(1)おかしいと思ったときに、いわば予防的にすぐ開始されるべきとりあえずの処置として、<1>子宮収縮剤の投与、<2>子宮体の挙上、<3>軟産道の膣鏡診、<4>頸部及び子宮腔内の触診、<5>血液凝固能の検査、<6>血管の確保と輸液の開始、<7>気道の確保と酸素補給、<8>抗ショック対策があり、(2)大出血に対する本格的な処置として、<1>頸管等の軟産道裂傷の縫合、<2>胎盤の用手剥離及び子宮腔内の触診、<3>子宮体の双手圧迫等があり、(3)特殊な最終的処置として、<1>輸入動脈結紮術、<2>子宮摘除術がある。

右のショックに対する対策のうち、出血性ショックに対する処置の基本方針は、第一に止血、第二に循環系の是正(失血量の補充)であり、このほか、血液凝固障害の存在も疑ってみること、腎機能にも注意を向けることが重要であるとされる。そして、右治療の時期を失すると不可逆性ショックとなり、循環血液量の低下、各組織の低酸素状態から嫌気性解糖が進み、乳酸の産生による代謝性アシドーシスが惹起され、DICの誘発や心への環血不全という悪循環へと進展して死亡に至るため、可逆性ショック状態で早期の輸液、輸血により循環血液量を回復させることが必要である。

そして、ショックに対する輸液の目的は体内の水分と電解質の分布を正常に回復することにあるから、輸液剤としては、細胞外液に近い組成を有する乳酸ナトリウム加リンゲル液(乳酸加リンゲル液)が第一選択であるとされ、また、投与すべき分量については、一般に乳酸ナトリウム加リンゲル液のような晶質液は輸注量の四分の三が組織間液に移行し、血漿増量には四分の一だけが作用するため、立場によって若干の相違はあるものの、出血量の少なくとも一・五倍程度の量を投与すべきであるとされている。

また、輸血については、ときとして異型輸血等の重大な副作用があること等から、できるだけ輸液で対処することが望ましいとの見解も存するが、輸液の効果には限界があり、ある限度以上の出血には輸血が不可欠であることには異論がなく、産科大出血による母体の救命はタイムリーな十分量の輸血が可能かどうかにかかっているといって過言でないとすらいう見解も少なくない。

輸血を開始すべき時期は、それ以前に適切かつ十分な輸液が行われていたか否かにより異なってくるが、適切な輸液が行われていたことを前提としても、出血量五〇〇ミリリットルを基準とするもの、八〇〇ないし一〇〇〇ミリリットルを基準とするもの、一〇〇〇ないし一五〇〇ミリリットルを基準とするもの、急激な出血では循環血液量の二〇パーセントの出血があれば輸血が必要であるとするもの等、文献によってその説くところは若干異なるが、日本母性保護医協会の指針では出血量が一〇〇〇ミリリットルを超えたら適切に輸血を行うべきであるとしている。

(二)  本件において酸素投与が開始されたのは午後一〇時二五分ころであること、輸液としては午後九時二五分ころマルトースの点滴が開始され、午後一〇時ころに乳酸加リンゲル液の点滴が開始され、一〇時二〇分ころ追加の点滴がなされたことは前記二認定のとおりである。そして、<証拠>によると、右各輸液の投与量は出血量自体に追い付いたのが午後一〇時三〇分ころであって、右(一)に認定した投与されるべき分量には、輸血が開始された午後一〇時五〇分ころの時点までを通じて一度も達しなかったことが認められる。また、輸血が開始された午後一〇時五〇分ころにおける壽子の出血量が約二二五〇ミリリットルに達していたことは、さきに認定したとおりである(三2(五))。

そうすると、被告北井が本件において壽子に対して採った処置は、輸血の開始時期において右(一)に認定した適切な時期から大きく遅れたものであって、かつ、輸血開始時までの処置についても、輸液の分量の不足等の点において、十分なものとは評価し難いものであったといわなければならない。

(三)  もっとも、被告らは、右輸血開始時期に関し、本件病院には当時輸血用血液は常備されておらずその都度他院から取り寄せざるを得なかったので、申込みから到着まで約二〇分を要し、かつ輸血前に必要な交差適合試験に約三〇分を要すると主張する。右主張は本件において輸血開始が午後一〇時五〇分ころになったのはやむを得ないものであったとする趣旨と解されるところ、<証拠>中には右主張に沿う供述部分が存する。

しかし、本件においては前記二認定のとおり、壽子の出血量は分娩約三〇分後の午後九時四〇分ころの時点において、正常量と異常出血とを区別する基準である五〇〇ミリリットルに達してなお続いていたのであり、かつ、<証拠>によると、通常の医師であれば、右時点において、以後も依然として出血が続き本件のような大出血を呈することが一般的可能性としてあり得ることを予見することができたことが認められ、また、<証拠>によると、同被告は本件当時、本件病院においては輸血用血液を常備していないこと、そのため血液の申込みから交差適合試験を経て輸血を開始するまでに右の程度の時間を要するであろうことを認識していたことが認められるのである。そうすると、被告北井としては午後九時四〇分ころには出血が続くような事態に備えて予め輸血用血液を申し込むべき注意義務があったといわなければならず、また、右措置を講じておけば、仮に輸血開始までに被告ら主張のとおりの時間を要したとしても、午後一〇時三〇分ころには輸血を開始することができる状態になっていたであろうとみることができる。

他方、同日午後一〇時二五分ころには壽子の出血量は一七四五ミリリットルに達していたことは前記二認定のとおりであるから、右(一)判示の事実に照らすと、このころには被告北井は輸血が開始可能となったならば直ちにそれを開始すべき注意義務が存したといわなければならない。

そして、前記三1(一)(1)に認定した出血の際の一般的症状と前記二に認定した本件における壽子の症状の推移に、<証拠>を併せ考えると、被告北井が前記(一)に判示したような適切な輸液療法等を壽子に対して行い、かつ午後一〇時三〇分ころまでに輸血を開始していたとすれば、壽子の死亡という結果は回避し得たと推認することができる。

なお、<証拠>中には、本件については何か特殊の体質的なものや羊水栓塞症等があったのではないかと思われるので、輸血を少し早く開始しても救命できなかったのではないかと推測する旨の供述部分が存し、<証拠>中には、DICないし羊水栓塞症を前提として救命は不可能であったと考える旨の供述部分が存する。しかし、DICないし羊水栓塞症の発症を前提とする供述部分については前記三2に判示したとおり採用することができないし、特殊体質の存在については証拠が全くないから、いずれも採用することができない。

(四)  結論

そうすると、被告北井は、壽子に生じた産科大出血に対し医療水準に沿った適切な輸液・輸血等の処置を行うべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠ったという過失により、壽子を死亡するに至らしめたものとして、同人の死亡により生じた損害を賠償する責に任ずるものというべきである。

2  被告塚原の責任

原告らは、被告塚原は、<1>壽子が入院したときは自ら出産介助と治療に当たるか、<2>予め診療録を被告北井に引き継ぎ適切な注意を与えるべき注意義務があったのにこれを怠ったと、主張する(請求原因5)。

しかし、本件病院は被告法人が経営する総合病院であって、被告塚原は同病院に勤務する一医師にすぎないことは前記一認定の事実と<証拠>により明らかであるから、同被告が従来壽子のいわゆる主治医として同人の診療に当たっていたからといって、自ら出産介助と治療に当たらなければならない義務が存したとは考えられない。したがって、右<1>の主張は明らかに失当である。また、<2>の主張は、具体的にどうすべきであったというのかも明確ではないし、本件において被告塚原が知っていた壽子に関する個別的情報を被告北井に引き継ぎあるいは注意を与えていれば、壽子の死亡という結果を回避することが可能であったと推認されるような事情は何らうかがわれないから、いずれにせよ失当である。

3  被告法人の責任

被告北井が本件当時、本件病院に勤務する非常勤講師であったこと、同被告の前記1の過失は被告法人の事業の執行についてのものであることは、前記一の事実から明らかである。そうすると、本件においては債務不履行の点を検討するまでもなく、被告法人は不法行為者の使用者責任に基づき、右1認定の被告北井の過失によって生じた壽子の死亡につき、これによる損害を賠償する責に任ずるものというべきである。

五  損害について

1  壽子に生じた損害

(一)逸失利益

<証拠>によると、壽子は死亡当時三五歳(昭和一九年三月六日生)の主婦で、原告ら家族の家事労働に従事していたものであり、生前は健康であったことが認められる。右事実によると、壽子は本件事故によって死亡するに至らなければその後六七歳まで三二年間にわたり稼働することができたものと推認され、この間、同人は、少なくとも、当裁判所に顕著な昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者全年齢の年間平均給与額一七一万二三〇〇円(次の算式<1>参照)と同程度の収入を取得できたものと認められ、その生活費は収入の五割と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の中間利息を控除して計算すると、一六一〇万〇七五六円(次の算式<2>参照。円位未満切捨て。以下同じ。)となる。

<1> 114,900×12+333,500=1,712,300

<2> 1,712,300×(1-0.5)×18.806=16,100,756

(二)  慰謝料

壽子の死亡時の年齢、前認定の被告らの過失の態様その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、壽子の死亡による慰謝料としては一五〇〇万円が相当である。

(三)  前記一認定のとおり、原告宣明は壽子の夫、原告聡は長男、原告裕は次男であるから、壽子の死亡により同人の権利義務を法定相続分である各三分の一ずつの割合で承継したものである。

2  原告ら固有の慰謝料

原告ら固有の慰謝料について判断するに、本件に現れた全証拠に、前記認定の壽子の慰謝料額をも合わせ考慮すると、原告宣明につき五〇〇万円、その余の原告らにつきそれぞれ二〇〇万円とするのが相当である。

3  弁護士費用

原告らが本件訴訟の遂行を原告らの訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかである。そして、本件事案の内容、審理経過、請求認容額等諸般の事情に照らすと、右弁護士費用については、原告宣明につき一五〇万円、同聡及び同裕につき各一二〇万円、原告坂本潔及び同坂本けさいにつき各二〇万円をもって本件死亡事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告北井及び被告法人に対し、原告宣明は一六八六万六九一八円、同聡及び裕はそれぞれ一三五六万六九一八円、原告坂本潔及び同坂本けさいはそれぞれ二二〇万円及びこれら各金員に対する壽子死亡の日の翌日である昭和五四年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容するが、右被告二名に対するその余の請求及び被告塚原に対する請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 荒井 勉 裁判官 上田 哲は転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 新村正人)

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